答えのない世界で答えを求めてはいけない〜答えなんてそもそも存在しない〜

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答えなんてものは存在しない

私はずっと人生に答えがあると思っていました。

そもそも答えという言葉にも色々な意味があるとは思いますがここで言う答えとはつまり「解答」という意味です。

言い方を変えれば私は人生に正解があると思っていました。

例えば学校でテストを受ける時に必ず答えというものが用意されています。

「問1はA」

「問2はB」

「問3はC」

「問4はD」

といった感じで元々答えがというものが存在しているわけです。

なのでどれだけその答えを探すことができるのかによってテストの結果が決まります。
答えを探す能力はもしかしたら学校教育で培われたものかもしれません。

ですが、私は人生において「答え」という概念がそもそも存在しないのかなと思います。

つまり学校のテストみたいに「解答」が用意されていないんです。

だから何をやったにせよ正解なのか不正解なのかは誰にもわからないわけです。

なぜなら、解答が無いからです。

学校のテストで正解か不正解なのかを判断していた理由は解答があるからです。

解答という基準があるから正解と不正解があるわけです。

でも、人生に解答は用意されていないので正解も不正解も判断できません。

ですが、この「答えを探す能力」というものを学校で身につけてしまったせいなのか私は人生においても絶対的な解答が用意されているものだと意識的にも無意識的にも思っていました。

だからいつも答え探しをしてしまっていたのです。

でも、大前提として答えがないわけですよね?

それなのに答え探しをしても見つかることはありません。
だって答えは用意されていないからです。

だからもし答え探しをした先にたどり着いた答えがあるのならそれは、

・他人の答え

の可能性が非常に高いです。

他人の答えを自分の答えだと勘違いしてしまったらもう人生は破滅ですよね。

だって、答えがないのに他人の答えを鵜呑みにするということは他人の人生を生きることになるわけです。

そうなったら自分なんてものはある意味存在しません。

だからそうなってしまわないためにそもそも人生には「解答」がない。
答えという概念がそもそも存在しない。

これをまず理解しないといけないのかなと私は思っています。

答えを探そうとするから見つからないし、結果的に他人の答えを自分の答えだと思ってしまいます。

だけど答えがないという前提ならばもう自分で考えて生きるしかありません。
だって答えがないんだから正解も不正解もないわけです。

そうなったらもう自分基準であらゆることを決断していくしかありません。

でも、それが自分の生き様になり自分の人生になっていくのかなと思います。

だからまず「答えという概念を頭の中から消す」そうすることによって答え探しをしなくて良くなり、自分で考えて生きる人生になるのかなと思います。

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